寒い夜の自我像


 1 

きらびやかでもないけれど、
この一本の手綱をはなさず
この陰暗の地域をすぎる!
その志明かなれば
冬の夜を、われは嘆かず、
人々の憔燥のみの悲しみや
憧れに引廻される女等の鼻唄を、
我が瑣細なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉めくままに静もりを保ち、
聊か儀文めいた心地をもつて
われはわが怠惰を諫める、
寒月の下をゆきながら、

陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであつた!……

 2 

恋人よ、その哀しげな歌をやめてよ、
おまへの魂がいらいらするので、
そんな歌をうたひだすのだ。
しかもおまへはわがままに
親しい人だと歌つてきかせる。

ああ、それは不可ないことだ!
降りくる悲しみを少しもうけとめないで、
安易で架空な有頂天を幸福と感じ做し
自分を売る店を探して走り廻るとは、
なんと悲しく悲しいことだ……

 3 

神よ私をお憐み下さい!

 私は弱いので、
 悲しみに出遇ふごとに自分が支へきれずに、
 生活を言葉に換へてしまひます。
 そして堅くなりすぎるか
 自堕落になりすぎるかしなければ、
 自分を保つすべがないやうな破目になります。

神よ私をお憐れみ下さい!
この私の弱い骨を、暖いトレモロで満たして下さい。
ああ神よ、私が先づ、自分自身であれるやう
日光と仕事とをお与へ下さい!
 (一九二九・一・二〇)



青空文庫より引用