何故わたしたちに話して下さらなかったのです

何故わたしたちに話して下さらなかったのです
中野鈴子

あなたは療養所の松林の中で
あなたはあなたの命を断ち切ってしまわれた
あなた自らの手で
わたしたちとかたく結ばれていたその二つの手で

あなたは古い闘争の経歴を持ち
福井の党の土台石を作った
党活動はあなたを
あなたの妻　二人の子供を苦しい生活に追い込んだ
あなたはひるまなかった
あなたはついに病いにたおれた
あなたを病床におくらねばならなかったわたしたち
わたしたちはあなたの病床をのり越えて起ち上がっていた

わたしたちはただたたかいに追われていた
冬は拾った木切れをもやし　かゆと塩とに耐え
そして
あなたには一切れのくだものも見舞えなかった
あなたの手が　わたしたちとかたくにぎりあっていた手が
あなたのいのちを奪ってしまった
あなた一人の自らの手で

あなたは一人で松林へゆかれた　一人で
一人のたましいを抱いて
何故あなたはわたしたちに話して下さらなかったのです
病気はなおりそうもないから再起はできそうもない
　　みんなに心配をかけるだけだから
あなたが最後の言葉として残されたあなたの言葉

何故あなたはわたしたちに話して下さらなかったのです
あなたの命であり　わたしたちの
あなたの　わたしの
ひとつのいのちを

いまここにあなたのなきがらを囲むわたしたち
同志よ
多田さんよ
四・一六の憎しみも新たに
いまここに再び見ることのできぬ君のなきがらを囲むわたしたち

わたしたち
わたしたちはあなたを抱きあげる
わたしたちの体ふかく流れ伝わるあなたの血のしたたり

わたしたちはあなたを抱きあげる



青空文庫より引用