家長制度


 火皿ひざらは油煙をふりみだし、炉の向ふにはここの主人が、大黒柱を二きれみじかく切って投げたといふふうにどっしりがたりとひざをそろへて座ってゐる。
 その息子らがさっき音なく外のやみから帰ってきた。肩はばひろくけらを着て、汗ですっかり寒天みたいに黒びかりする四匹か五匹のおほきな馬をがらんとくらいうまやのなかへ引いて入れ、なにかいろいろまじなひみたいなことをしたのち土間でこっそり飯をたべ、そのまゝころころわらのなかだか草のなかだかうまやのちかくに寝てしまったのだ。
 もし私が何かちがったことでもったら、そのむすこらのどの一人でも、すぐに私をかた手でおもてのくらやみに、連れ出すことはわけなささうだ。それがだまってねむってゐる。たぶんねむってゐるらしい。
 火皿が黒い油煙を揚げるその下で、一人の女が何かしきりにこしらへてゐる。酒呑童子しゅてんどうじに連れて来られて洗濯などをさせられてゐるそんなかたちではたらいてゐる。どうも私の食事の支度をしてゐるらしい。それならさっきもことわったのだ。
 いきなりガタリと音がする。重い陶器の皿などがすべって床にあたったらしい。
 主人がだまって、立ってそっちへあるいて行った。
 三秒ばかりしんとする。
 主人はもとの席へ帰ってどしりと座る。
 どうも女はぶたれたらしい。
 音もさせずになぐったのだな。その証拠には土間がまるきり死人のやうにしづかだし、主人のめだまは古びた黄金きんの銭のやうだし、わたしはまったく身も世もない。



青空文庫より引用