夜の讃歌
地は定形なく曠空くして黒暗淵の面にあり
神の霊水の面を覆ひたりき
――創世記
黒暗の潮 今満ちて
晦冥の夜ともなれば
仮構の万象そが※ 性を失し
解体の喜びに酔ひ痴れて
心をのゝき
渾沌の母の胸へと帰入する。
窓外の膚白き一樹は
扉漏る赤き灯に照らされて
いかつく張つた大枝も、金属性の葉末もろ共
母胎の汚物まだ拭はれぬ
孩児の四肢の相を示現する。
かゝる和毛の如き夜は
コスモスといふ白日の虚妄を破り、
日光の重圧に 化石の痛苦
味ひつゝある若者らにも
母親の乳房まさぐる幼年の
至純なる淫猥の皮膚感覚をとり戻し
劫初なる淵の面より汲み取れる
ほの黒き祈り心をしたゝらす……
おんみ 天鵞絨の黒衣せる夜、
香油にうるほへるおんみ聖なる夜、
涙するわが双の眼を
おんみの胸に埋むるを許したまへ。
青空文庫より引用