ウイツテ伯回想記その他


 近頃読んだもので、面白かった点からいうと、大竹博吉君の監修で『日露戦争と露西亜革命』という題で上巻と中巻とが出たウイッテ伯の回想記である。
 そこには、ロシアの専制政治の実状、宮中や官僚の腐敗の内情から、ニコラス皇帝はじめその周囲の人物の性格が、驚くべき観察眼をもって描き出されていると同時に、ロシアの社会の上下の実相も、一自由主義政治家の眼に映じた限りにおいては正確に描出されている。
 さらにこの書物は十九世紀の末から世界大戦前に至るまでの世界の外交界の表裏が手にとるように描いてあるので、暑い夏の日に読んでもちょっと飽くことを知らない書物である。
 これは全世界を舞台とした叙事詩であるといえよう。また専政ロシアを西欧型の立憲国にしようとする自由主義政治家の苦闘の記録でもあり、その努力がいかに失敗におわったかを示すボルシェヴィキ革命の前史でもある。ただ個々の事件だけでも、たっぷり大抵の探偵小説位の面白さはある。
 探偵小説といえば、こないだ帰った木村君に、何か面白い本はないかといって借りた Five Striking Stories  というのはそうとう面白かった。アンリ・デュヴェルノア、ジョゼフ=ルノー、ピエール・ミール、アンドレ・ワルノッド、モーリス・ルヴェルの五人のフランスの作家のものを英訳したものだ。序文によるとそのうちのデュヴェルノアのものは「ジャックリーン」という題で、英訳者は、これを英訳して、イギリスとアメリカとの若干の雑誌へ送ったところが、 “Powerful, but too Strong for English taste”  という意味の文句をそえて申しあわせたように返送してきたそうだ。
 日本の雑誌、さしずめ『新青年』にこれを翻訳して送ったら、まさか Too Strong for Japanese taste ともいうまいから、一つ翻訳して送ってみようかと思っている。なぜかというと、翌年ギトリーがこの「ジャックリーン」を脚色してロンドンで実演したら、素晴らしく受けたのではじめに読者を甘く見て断った雑誌の方でじだんだふんでくやしがったそうだから。
 さてそのほかでは、レオン・ムーシナックの Panoramique du Cinema  を読んだが、これはトーキー出現以後にかいた、ムーシナックの映画論で断片的なものだがなかなか啓発されるところはある。



青空文庫より引用