土達磨を毀つ辞
汝もといづくの辺土の山の土くれぞ。急須となりて茶人が長き夜のつれづれを慰むるにもあらねば、徳利となりて林間に紅葉を焚くの風流も知らず。さりとて来山が腹に乗りて物喰はぬ妻と可愛がられたる女人形のたぐひにもあらず。過去の因業いまだ尽きず、拙きすゑものつくりにこねられてかかる見にくき姿とはなりける。むつかしき頬ふくらしてひたすらに世を睨みつけたる愛嬌なさに前の持主にも見離され道端の夜店に埃をかぶりて手のなき古雛と共に淋しく立ち尽したるを八銭に代へて連れ帰り、新世帯の床の間に行脚の蓑笠に添へて安置したるは汝が一世の曠なるべし。然りしより後汝と一室を共にして相対することここに七年、朝にながめ、夕にながめ、書に倦みたる春の日、文作りなづみし秋の夜半、ながめながめてつくづくと愛想尽きたる今、忽ち破れ団扇と共に汝を捨てんの心切なり。世に用あるものは形の美醜を問はず、とぢ蓋もわれ鍋に用ゐられ悪女も終には縁づく時あり。汝無用の長物にしてしかも人に憎まれくらさんはなかなかに罪深きわざなめるを、我固より汝に恨なし、今汝を捨つるとも汝かまへて我を恨むべからず。捨てんか捨てんか、捨てたりともしろかねの猫にあらねば門前の童子もよも拾はじ。売らんか売らんか、売りたりとも金箔の兀げたる羽子板にも劣りていたづらに屑屋に踏み倒されん。如かず椽先の飛石に投げうつて昔に返る粉な微塵、宿業全く終りて永く三界の輪廻を免れんには。汝もし霊あらば庭下駄の片足を穿ちて疾く西に帰れ。
蚯蚓鳴くや土の達磨はもとの土
〔『ホトトギス』第二巻第一号 明治31 ・10 ・10 〕
青空文庫より引用