幸福が遅く来たなら


『幸福』よ、まち出逢であつた見知らぬ人よ、
お前の言葉は私に通じない!
冷たい冷たいこの顔が、私の求めてゐたものだらうか?
お前の顔は不思議なしたしみのないものに見える、
そんなにお前は廿年、遠国をうろついてたんだ、
お前はもはや私の『望』にさへ忘れてしまはれた!
よしやお前が私の許嫁いひなづけであつたにしても、
あんまり遅く来た『幸福』を誰が信じるものか!

私はあをざめた貧しい少女の手に眠る、
少女よ、どんなにお前はやはらかく、まくらのやうに
夜毎よごと痛むかしらをさゝへてくれるだらう!
少女よ、お前の名前は何と云ふ?
もしか『嘆き』と云やせぬか?
そんなら行つて『幸福』に言つてくれ、
お前さんの来るのがあんまりおそいので
もはや私があの人のお嫁になりましたと!



青空文庫より引用