帽子のない水兵


 まだ横須賀行の汽車が電化しない時のことであった。夕方の六時四十分ごろ、その汽車が田浦を発車したところで、帽子をかぶらないあおい顔をした水兵の一人が、影法師のようにふらふら二等車の方へ入って往った。
(またこの間の水兵か)
 それに気のいた客は、数日前にもやはりそのあたりで、影法師のようなその水兵を見かけていた。その時二等車の方から列車ボーイが出て来た。
「君、この間も見たが、今二等車の方へ往った水兵は、なんだね」
 列車ボーイは眼をくるくるとさした。
「帽子のない水兵でしたか」
「そうだよ」
「入って往ったのですか」
「往ったとも、気が注かなかったかね」
「それじゃ、また出たのか」
「出たとは」
「そんなことを云いますよ」
 客はその後で、列車ボーイから、三人れの水兵が、田浦方面へ遊びに往っていて、帰りにその一人が帽子を無くしていたので、それがために、途中で轢死れきししていると云うことを聞かされた。



青空文庫より引用