簪につけた短冊


 日本橋本町ほんちょう三丁目一番地嚢物ふくろもの商鈴木米次郎方のじょちゅうおきんと云うのが、某夜あるよ九時すぎ裏手にある便所へ入ろうとして扉をあけると、急に全身に水を浴びせられたようにぞっとして、たちまち頭の毛がばらばらと顔の上へ落ちて来てまるで散髪頭のようになった。婢は悲鳴をあげて隣家の曲淵方まがりぶちかたへ駈け込むなり、ばったり倒れて気絶してしまった。人びとは驚いて、水や薬などを飲ませて蘇生させ、その訳を聞いて一層胆を潰した。人びとは手に手に棍棒こんぼうや箒などを持って彼のかわやへ駈けつけたが、べつに変ったことはなくまげが入口に無気味な恰好で落ちていただけであった。
 そこで初めて、人びとはこれが俗に云う髷きりだと云うことを知ったが、それ以来はばかり何人だれも使わなくなった。
 これは明治七年三月十日の東京日日新聞に載っていた話であるが、日日子にちにちしはそれに就いて、このことはいつか浅草金龍山内にもあった。故老の話では四五十年前にも一度あったが、その時は女たちがかんざしに小さな短冊たんざくをつけて、魔よけにしたと云って、その歌を引いてある。
 かみきりや姿を見せよ神国のおそれを知らばやくたたらざれ



青空文庫より引用