才一巧亦不二


 ヴオルテエルが子供の時は神童だつた。
 処が、或る人が、
とをで神童、十五で才子、二十はたち過ぎればなみの人、といふこともあるから、子供の時に悧巧りかうでも大人おとなになつて馬鹿ばかにならないとは限らない。だから神童と云はれるのも考へものだ」と云つた。
 すると、それを聞いたヴオルテエルが、その人の顔を眺めながら、
「おじさんは子供の時に、さぞ悧巧りかうだつたでせうね」と云つたといふことがある。
 これと全然同じ話が支那にもある。
 北海ほくかい孔融こうゆう矢張やはり神童だつた。
 処が、大中大夫だいちうだいふ陳※ 《ちんゐ》といふものが矢張やはり、
「子供の時悧巧りかうでも大人おとなになつて馬鹿になるものがある」
 と云つたのを孔融こうゆうが聞いて、
「あなたも定めて子供の時は神童だつたでせう」と云つた。
 孔融こうゆう三国さんごく時代の人であるが、この話が十八世紀のフランスに伝はつて、ヴオルテエルの逸話になつたとは考へられない。すると、神童といふものは、期せずして東西同じやうに、相手の武器を奪つて相手をへこませることを心得てゐるものとみえる。
 (大正十四年九月)



青空文庫より引用