梶井君


なにがしの書物を持ちて
君を訪ふ 慣ひなりしを
花をもて
訪ふ

垂乳根の
君の母とし語へど
この秋の日に
君はあらなく

すずろかに
鐘うち鳴らし しまらくは
君のみ靈に
香をまつらむ

病いゆと
昔淋しき旅をせし
山の小徑を
夢に見しかな

やうやくに
くきをめぐりて
海を見る この街道に
憩ふ巡禮

蝶一つ
二つ三ついま下りゆく
溪間に見ゆる
菊畠かな

伊太利の
水兵たちが街をゆく
紺のズボンに
照る秋陽かな

機關車の
車輪こまの轂に 梨の芯
なげつけてみし
鄙驛の晝



青空文庫より引用