三つのお人形
一
外国人が、人形屋へはいって、三つ並んでいた人形を、一つ、一つ手にとってながめていました。どれも、同じ人形師の手で作られた、魂のはいっている美しい女の人形でした。
一つは、すわっていましたし、一つは立っていました。そして、もう一つは、手をあげて踊っていたのであります。
どれを買ったらいいだろうかと、その外国人は、ためらっていましたが、しまいに、つつましやかにすわっているのを買うことにしました。それを箱にいれてもらうと、大事そうにして、店から出ていってしまいました。
残った、二つの人形は、たがいに顔を見合わせました。そして、そばに、だれもいなくなると、お話をはじめたのです。
「とうとう、あの方は、いってしまいましたね。」
「わたしたちは、いつまでもいっしょにいたいと思いましたが、だめでした。このつぎには、だれが先にお別れしなければならないでしょうか……。」
二つの人形は、心細そうにいいました。しかし、こうなることはわかっていたのです。美しい、三つの人形が、はじめて、このにぎやかな街の店さきにかざられたとき、通る人々《ひとびと》は、男も、女もみんな振り向いてゆきました。きれいなお嬢さんや、奥さまたちまでが、うっとりと見とれてゆきました。人形は、世の中に、自分たちほど、美しいものはないと思うと鼻が高かったのです。そして、だれでもが、にこやかな顔つきで、やさしい目をして自分たちをながめますので、どこへいってもかわいがられるものと考えました。
「どんな人に、わたしは、つれられてゆきますかしらん。」と、三つの人形は、口々《くちぐち》にいって、行く末のことを空想しますと、なんとなく、この世の中が、明るく、かぎりなく楽しいところに思われたのでした。
「どこへいっても、おたがいの身の上を知らせ合って、おたよりをしましょうね。」と、お人形たちは、いったのでした。いま、二つになりました。
「あの方は、外国へつれられてゆくのでしょうか。」と、踊りながら、一つの人形は、立っている人形にいいました。
「そうかもしれません。わたしは、外国へなど、ゆきたくないものです。けれど、あの方は、おとなしいから、どこへいってもかわいがられると思います。」
こんなことを話していると、ふいに、店さきへ、娘さんが立ちました。そして、じっとふたりをながめていました。お人形は、急に、口をつぐんでしまいました。
娘さんは、内へはいって、立っている人形を指さして、見せてくれといいました。それから、それを手に取ってよく見ていたが、
「これをくださいな。」といった。
こうして、二つの人形は、ついに買われていってしまいました。そして、あとには、踊っている人形がただ一つだけ残ったのであります。三つの人形は、こうして、べつべつになってしまったので、もはや、お話をすることもできなくなりました。
「私たちの親しかったお友だちは、どうなったであろう……。」と、三つのお人形は、たがいに、胸のうちで思うよりほかなかったのです。
二
夜になると、街燈が、店さきでともりました。その光は、ちょうど、踊っている人形のところへとどきました。
「おや、あなたおひとりになったのですか。あの方は、どこへゆかれました。」と、光は、たずねた。
「ひとりは、外国人に、ひとりは、どこかの娘さんにつれられてゆきました。わたしは、ふたりの方のおたよりを知りたいと思うのですが、あなたはおわかりになりませんか?」と、人形は、いいました。
円い頭をした、脊の高い街燈は、ため息をついて、
「いくら、私が脊が高くても、なんで、おふたりの行方がわかりましょう? もし、もし、待ってください。毎晩、蛾がやってきますから、知っているか聞いてみてあげましょう。」と、答えました。
踊っている人形は、なにぶんにもよろしくといって頼みました。夜になると、街の中は、いっそう、にぎやかになりました。楽器の音が流れたり、草花屋が出たりしました。ちょうど、そのとき、どこからか、街燈の光を慕って、蛾が飛んできました。光は人形と約束をしたことを思い出して、二つの人形について、なにか知らないかとたずねたのです。
「お人形ですって? 私がなんで、そんなものを注意しましょう。私の好きなのは、花とあなたばかしです。昼は、花をたずねて歩き、夜は、こうして光を慕って飛んできます。短い私たちの一生は、この世の中でいちばん美しいものを見ることです。」と、蛾は、いいました。
あくる日の晩、街燈は、このことを踊っている人形に話しました。これを聞くと人形は、がっかりしました。それは、ふたりの友だちの消息がわからないということよりも、世の中でいちばん美しいのは、花と光であると、蛾がいったというなら、自分は、まったく無視されたためです。
「そう、力を落としたものではありません。もう、しばらく、あなたがここにおいでなさるなら、だれか、ほかのものにも聞いてみてあげますよ。」と、街燈は、なぐさめたのであります。
二、三日たってから、あたりのまぶしい昼間のこと、つばめが、ちょうど頭の上へ飛んできました。
「もし、もし、つばめさん、すこしおたずねしたいことがあるのですが……。」と、街燈は、呼びとめたのです。すると、つばめは、屋根のひさしにとまりました。
「なんのご用ですか?」といって、つばめは、首をかしげて、街燈を見ました。
「ここから、あの店さきに飾ってある、踊っている人形が見えるでしょう……。」
つばめの目は、よかったから、すぐわかりました。
「よく見えます。あの小さなたなには、たった一つしかありませんね。」
「三つあったのですが、ついこのごろ、二つ売れてしまったのですよ。三つのお人形は、同じ人の手で作られたので、それは仲がよかったのです。それで、一つになってしまって、あのお人形はさびしがっています。」
「それは、無理もないことです。」と、つばめも、同情しました。
「そんなわけで、二つのお友だちは、どこへいったかと思い暮らしているのですが、あなたは、身軽に方々《ほうぼう》をお歩きなさいますが、お知りにはなりませんか……。」と、街燈は、いいました。
「いくら、私が、身軽に方々《ほうぼう》を飛びまわるからといって、どうして、家の内のことまでがわかりましょう……。それは、無理というものですよ。」
「一つのすわっているお人形は、外国人が買っていったというのですが。」
「外国人ですって……。そういえば、私は、人形をたくさん集めている外国人を知っています。その人は、ここから七、八里離れた、海岸に住んでいました。家族といっては、ほかに年とった、雇いのおばあさんがいるばかり、広い庭には、いっぱい草花を植えて、これを愛していました。また、晩方になると、その人は、海のほとりに立って、あちらをながめて、ふるさとのことを思い出していました。ある日、私が、人のいない時分に、窓からのぞくと、いろいろのお人形が、たなの上に飾られてありましたが、それらのお人形たちは、近々《ちかぢか》に、主人が外国へ帰るそうだが、たぶん、そのときつれてゆかれるだろうということを話していました。知らない国へゆくのをおもしろがっているものもありましたが、また、いったら、もう二度とこちらへは帰られないといって、悲しんでいるものもありました。……もし、あの中に、そのお友だちがいられたなら、おそらく、もう消息は聞かれますまい。なぜなら、二度めに、私が、その家の窓をのぞいたときには、すっかりお人形は、荷造りされていたようすでしたから……。」
つばめは、こう物語ったのであります。街燈は夜になったときに、ふたたび、このことを踊っている人形に話しました。
「あの人形は、どこへいってもかわいがられるでしょう。」と、人形は沈みがちに、踊りながらいいました。
三
それから、まもない、ある日のことでした。酔っぱらいの紳士が、人形屋の店さきへはいってきて、いろいろの人形を出させて見ていましたが、どれも気にいりませんでした。そのうち、踊っている人形に目をつけると、さっそく、手に取りあげて、「これがいい。」といって、金を払い、例のごとく箱にいれてもらって持ってゆきました。その晩、街燈は、店さきを照らして、びっくりしました。踊っている人形の姿が見えなかったからです。
「とうとうあのお人形さんも、どこかへいってしまった。」と、街燈は、ひとりごとをしました。
酔っぱらいの紳士に、つれられていった人形は、気が気でなかった。自分は、どんなところへつれられてゆくのだろう? こう、暗い箱の中で考えていました。
紳士は、電車に乗ると、うとうと居眠りをしました。そして、ふと気がつくと、乗り越していましたので、びっくりして飛び降りました。家へ帰るまで、人形をどこかへ忘れてきたことに気づかなかったのであります。
不幸な、この人形は、それからいろいろのめにあいましたが、その年の夏の末の時分に、ほかの古道具などといっしょに、露店にさらされていました。
「おちぶれても踊っているなんて、のんきなものですね。」と、こちらのすみで、すずりと筆立てが、あちらの人形を見て冷笑していました。
しかし、露店の主人は、人形を大事にしました。車に乗せて、はこぶ時分にも、手や、足をいためはしないかと新聞紙で巻いて、できるだけの注意をしたのです。
「美しいものは、ちがったものだ。」と、ほかの古道具たちは、自分らが、そのようにかわいがられないので、不平をもらしたものもあります。しかし、人形は、昔のことを思い出すたびに、お友だちは、いまごろは、それぞれおちついて、平和に暮らしているであろう。自分ばかりは、いまだに身の上が定まらぬのを悲しく思いました。ある日のことです。いつものごとく、露店にならべられると、かたわらに、新しくどこからか売られてきた、電気スタンドがありました。
「私は、今日、ここへお仲間入りにきたのですが、あなたと姉妹のように似ているお人形さんといままで、一つの家で暮らしていましたよ。」と、スタンドはつくづく、踊っている人形を見ながらいいました。
「どんなようすの人形ですか?」と、つい踊っている人形は、スタンドの話に、つりこまれて答えたのでした。なぜなら、自分の知りたいと思っている友の身の上のような気がしたからです。
「ちょうど、あなたと同じくらいの脊をして、すらりとすまして立っているお人形でした。」
「それなら、わたしと仲のいいお友だちですよ。わたしは、どれほど、その方の身の上を知りたいと思いましたか。どうか、わたしに、くわしくお話を聞かしてくださいませんか。」と頼みました。
電気スタンドは、つぎのように物語ったのであります。
「いままで、私がいた家のお嬢さんが、ある日、街から、美しい、立ち姿のお人形を買って帰りました。すると、家じゅうの人たちは、まあ、きれいなお人形だといって、たなの上へ飾りました。そして、それまで、たなの上に載せてあった、古いつぼや、また汚れたおもちゃなどは、新しくきたお人形に、蹴落とされたように、たなから取りのぞかれてしまって、立ち姿の美しいお人形だけが、ひとり、そこを占領したのであります。すると、いままで、たなの上にあった、つぼや、おもちゃは、不平をいいました。あのお人形がきたばっかりに、私たちは、たなの上からおろされて、箱の中へおしこめられてしまった。ほんとうに、にくいお人形だといったのでした。耳のとれた、馬のおもちゃは、口の欠けたつぼに、そう不平をいうものでありません、いつか、あのお人形も私たちのようになるときがありますよ、といってなぐさめたのでした。それは、まったくお馬のいったとおりでした。ある朝、お嬢さんは、そうじをしようとして、はたきで、あやまってお人形を落としました。そのはずみに、お人形の片手がもげてしまった。お嬢さんはびっくりして、さっそく、のりで、とれた手をつけました。けれどどうしても傷跡はとれませんでした。このお人形が、こうして不具になると、箱の中へいれられた、口の欠けたつぼや、耳のとれたお馬や、ほかのおもちゃたちは、また取り出されて、たなの上へ並べられたのでした。それは、もはやひとり、このお人形だけが完全だとは、いわれなかったからです。それで、いまは、お人形もほかのおもちゃたちも、平等のもてなしを受けて、みんなは、仲よく、平和に暮らしています……。」と、話したのであります。
踊っている人形は、こうして、二人の友だちの消息を知ることができました。一つは、外国へゆき、一つはお嬢さんの家に、暮らしていることがわかった。けれど、自分の消息は、どうしたら、あのふたりの人形に知らせることができましょう?
「もし、お友だちは、わたしが、まだこうして、街の露店にさらされていると知ったら、不幸な方だといって、あわれんでくださるにちがいない。」と、踊っている人形はいいました。
「いえ、そうでありません。きっと、ふたりのお友だちは、いまごろは、怠屈して、この明るい華やかな街をもう一度見たいと思っていなさるでしょう。そして、あなたの身の上をうらやましがっていなさるにちがいありません。」と、電気スタンドは、いいました。なぜなら、ひとのことというものは、なんでもよく見えるものですから……。毎晩、大空に照らす月だけは、みんなの運命を知っていました。そして、ある晩であったが、あの街燈にも、踊っている人形のことを話したのです。
青空文庫より引用