海野十三(うんの じゅうざ)。電気工学を専攻した知識を武器に、SF、推理、科学解説とジャンルを縦横無尽に駆け巡った天才。しかし、その輝かしい功績の裏には、時代に翻弄され、深い苦悩を抱えた一人の人間の姿がありました。
文壇デビュー
逓信省電務局電気試験所に勤務しながら、機関紙などに短編探偵小説を発表していた彼でしたが、ついに1928年、雑誌『新青年』からの依頼で探偵小説「電気風呂の怪死事件」を執筆。『新青年』は江戸川乱歩や夢野久作らも活躍したインテリ青年に大人気の雑誌でした。
「電気風呂の怪死事件」の舞台はタイトルからも想像できると思いますが銭湯です。私にとっては読んでいて「?!そんな馬鹿な」と思ってしまう今の時代の知識から見るとんでもトリックでしたが楽しく読める作品でした。おそらく当時流行し始めていた電気風呂と殺人事件を結び付けたアイディアだったのだろうと思われます。
少し香るミリタリー色
彼は1930年代にはミリタリーSFや金博士シリーズなどの軍国もの小説などを執筆します。1941年(昭和16年)10月、海軍従軍作家として徴用令状が届き、重巡「青葉」に一か月ほど乗艦することになります。彼はかなり感激したようで、妻への手紙にもその興奮を書き記しています。しかし慣れない南方方面の気候のせいか体調を崩し4月30日に帰国します。
その後、皆さんの知っての通り日本は敗戦します。徴兵検査で第二乙種と判定され、戦場から遠い場所にあった海野にとっても大きな衝撃だったようです。また、1946年2月のことです。友人、小栗虫太郎の死が追い打ちをかけ、戦後の彼は失意の内に過ごします。健康を害していたようで、この時期しきりに吐血していたと言われるほどの状態だったようです。
彼は十人英雄を挙げよと言われてすべてアドルフヒトラーと答えていた。
戦中、大日本赤誠会の文化委員に名を連ねていた海野は「極端な国家主義的団体」の関係者として1947年に公職追放の仮指定をうけました。異議申し立てが中央公職適否審査委員会の審査で認められ、翌1948年に仮指定を解除されます。ですがエピソードから見ても彼自身は戦中は国家主義者であったと言えるでしょう。
彼が望んだ科学小説の発展
彼の書いた超大作「火星兵団」を読むと彼の世界がよく理解できると思います。ちなみに私が初めて読んだ彼の作品でもあります。
彼は人間が宇宙に行く未来を早くも夢見ていました。彼にとっては日本は科学小説の後進国だという思いもあったようです。
1949年(昭和24年)5月17日、結核のために東京都世田谷区の自宅で死去します。享年51歳でした。
海野十三の十三の部分は、あの有名な松本零士の「宇宙戦艦ヤマト」の艦長、沖田十三の由来だともいわれています。彼の思い描いた科学小説先進国日本の文壇は現実のものとなりました。